デスティネーション・ストア | File 024
2023.09.15

デスティネーション・ストア | HONEYEE.COM的個性派シティガイド 
File 024 : Stranger(東京都・菊川)

スマートフォンでどこにでも行った気になれる時代。むしろスマートフォン片手に「ここにしかない」を体感しに行ってみてはどうだろう。HONEYEE.COMが選んだ“目的地になる店”を紹介する連載「デスティネーション・ストア」。File 024は都営新宿線の菊川駅からすぐに位置する映画館「Stranger」をご紹介。

Text Takaaki Miyake

一つのブランドとして

墨田の菊川駅と聞いてすぐにその場所をイメージしづらいかもしれないが、実は東京都現代美術館から徒歩で約15分と清澄白河へのアクセスは抜群だ。この東東京エリアでは珍しいミニシアター型の映画館「Stranger」だが、2022年9月のオープンから着実にファンを獲得している。

オーナーの岡村忠征​​さんは20歳のころに映画監督を夢見て上京し、映画館でモギリや配給会社でのアルバイトに始まり、最終的にはあの黒沢清組で映画の現場スタッフとして経験を積んだ経歴を持つ。しかし映画監督になることの難しさを実感し、一度映画業界との別れを告げることになった。

その日を境にデザイン業界へと転身し、5年間をデザイン会社で過ごした後、自身のデザイン会社「アート&サイエンス」を立ち上げた。12年ほど続けたデザイン業を現在は休止し、なぜ再び映画業界へカムバックを果たしたのだろうか。

「現場を離れた後も映画業界に携わりたい気持ちで映画雑誌を作ろうと思い、独学でデザインを学んでいたのですが、どんどんデザインの面白さに引き込まれていったんです。ですがそこから10年以上も同じことをやり続け、コロナ禍で意識が変わっていき、お客様のブランド作りをサポートするだけではなく、自分のブランドを始めたくなったのがオープンのきっかけでした。

しかしブランドと言っても色々とあるので、『何が良いのか』と考えたときに、元々映画と関わっていたバックグラウンドがあったので、映画業界でブランドを立ち上げようと思ったんです。自分の会社ではブランディングやコンサルティングをメインにやっていたので、この業界で新しく始められるブランドビジネスを模索した結果が『Stranger』でした。ここは単なる映画館ではなく、一つのブランドなんです。キーカラーのブルーは、『荒野のストレンジャー』​​に出てくる青空をイメージしていて、異業種からやってきたという意気込みも含めて、“ストレンジャー”という名前にしました」

ショップライクな映画館

“映画館でなくブランド”、そう説明するからには理由がある。「Stragner」には49席の劇場だけでなく、「Stranger Cafe」や「Stranger Magazine」といったカフェや雑誌の運営に加え、オリジナルのマーチも「Stranger」ブランドとして作っている。

一般的にミニシアターと言えばカルチャー感が漂い、根っからの映画ファンがこぞって足を運ぶ場所というイメージを抱える人も少なくないだろう。しかしインディペンデントなミニシアターながら、「Stranger」はこういった取り組みを通じて、他の単館系とは異なる雰囲気を生み出している。

「映画館に対して一種の課題を感じていました。読書や音楽も映画と同じような趣味として語られながらも、本屋やレコードショップはもっと気軽さを持っていると思うんです。それに対して映画館、特にミニシアターは少し敷居が高くなっている気がしていました。よりショップのように立ち寄れる、オープンマインドでフレンドリーな目的地として、再構築できればと思って始めました。

“映画館体験”を今まで以上に充実して豊かなものにしたいんです。例えば作品を観終わった後もここで少し滞在をしてもらったり、さらに考察を深めたい方はマガジンを読んでもらったりだとか。包括的な映画館体験をより広めていきたいという意味で、この場所自体との接点を増やしてもらえるようにイメージしています」

映画を観ずに楽しめる場所

ただ映画を観て帰るという行為で完結しないのが、「Stranger」の提案する映画体験なのかもしれない。そしてカフェスペースは映画目的でない人も足を運べる場所としてだけでなく、情報発信のや異業種とのコラボレーションをするプラットフォームとしての役割も担っている。

過去には古着屋さんコラボレーションした、Christian Diorのヴィンテージの販売や、古本屋やレコードショップとのポップアップに加え、月に数回は上映中の作品テーマに合わせたDJイベントも開催している。

「飲食やアパレルだと珍しくないですが、映画館を軸にしたコラボレーションやポップアップは中々ないので、ここがハブになった試みを積極的にやっていきたいです。究極は映画を観なくても来てほしいと思っています。

『Stranger』で映画を観ることで日常生活が豊かになったり、カルチャーマインドを刺激されたりだとか、そういう場所であればなと。単に最適な環境映画を作るだけでなく、何かここに来れば新しい出会いやインスピレーションがあると思ってもらえると嬉しいです」

その精神はイベントの開催だけでなく、選び抜かれた日々の上映プログラムにも色濃く反映されている。

「配信でありとあらゆる作品が視聴できるこの時代だからこそ、ある程度キュレーションされた企画が求められていると思います。なのでオープンから作家にフォーカスした特集上映をやっています。

もう一つは日本での上映権が切れていたり、未公開だったりする作品を直接買い付けています。最初の柿落としのジャン=リュック・ゴダール​​特集なんかは、まさにその例です。その他にも日本初公開の作品もいくつも公開してきました」

よりローカルへ愛されるStrangerへ

「単に最適な映画上映環境を作るだけでなく」と岡村さんは言いつつも、「Stranger」では大手シネコンで使用されるスピーカーやフランスの Quinette Gallay による高品質なシートも完備するなど、“観る”という行為に対して非常にハイレベルな空間を作り上げている。

こういった細部までこだわりを見せる「Stranger」だが、今後はどこに向かって行くのだろうか。

「オープンして約1年が経ちますが、ファンの方が増えたりしていて、自分が当初描いていたコンセプトは間違っていなかったと思えました。今後はすでに認知していただいているコアな映画好きや感度の高い人だけでなく、作品のラインナップも含めてよりローカルな方々も足を運びやすい存在になっていきたいです

現在はアメリカ人監督のジョン・カサヴェテス特集の公開に合わせて、ジャズミュージシャンによる生演奏イベントも楽しむことができるので、今週末は映画やライブを堪能した後に、清澄白河への散歩などもいかがだろうか。

DESTINATION STORES | File 24
ストレンジャー | Stranger
東京都墨田区菊川3丁目7-1 菊川会館ビル1F
営業時間 : 上映スケジュールに準ずる
https://stranger.jp/